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ヨーロッパアメリカ言語文化学コース 児玉麻美(ドイツ文学)

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不自由に抗って

革命戦争の動乱と神聖ローマ帝国の解体を経た19世紀初頭のドイツ語圏は、政治的にきわめて不安定な状態にありました。旧来の秩序を維持するために検閲や集会の取り締まりが強化され、これによって言論の自由は大きく制限されてしまいます。

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手紙が無断で開封され、書きかけの原稿が押収され、出版物に黒塗りが施されるような世界の中で、詩人や小説家、劇作家たちは一体どうやって活動を続けていたのでしょうか。

ことばの力で世界は変えられるか?

文学のことばが魅力的な嘘にすぎないのなら、研究対象として真面目に取り上げる意味はあまりないように思われます。しかし、作品が人の手によって書かれたものである以上、それらは必ず現実世界の危機と地続きの深刻さを帯びているのです。

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女好きの色男が自殺してしまう戯曲『ドン・ファン』(レーナウ)や、英雄的ではない英雄を描いた歴史劇『ヘルマンの戦い』(グラッベ)など、謎めいた余韻を残す不思議なテクストに接するたびに、「なぜこんな作品が書かれたのだろう?」という疑問が心に引っかかり、その裏側を見たいという気持ちに動かされて研究に取り組んできました。執筆の途上で様々な苦難に見舞われた作家たちがたびたび露わにする悲憤や失望、耐え難い内的分裂などを丹念に辿ることで、彼らが心に描いた「目指すべき理想」の姿が見えてきます。それらは、同じ苦しみを味わっている現代の我々にも貴重な示唆を与えてくれるようです。

枠組みの外へ出る

文学と社会との関わりについて研究を進める中で、カタリーナ・ヘルマンによる研究書『それでも書いた女性たち』の翻訳に取り組む機会に恵まれました。初めは匿名や男性名で活動していた女性作家たちが次第に存在感を発揮するようになり、ベストセラーを世に送り出し、国際的な文学賞を獲得し、やがて不滅の評価を得るまでに至る文学史の展開は非常に鮮やかでドラマティックです。

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一方で、この仕事への取り組みは反省の契機にもなりました。私はこれまで一度も女性作家に目を向けたことがなく、哲学や文学の発展に貢献してきたのが主に男性であるという“常識”を全く疑っていなかったのです。

愛の力でどこまで行けるか?

翻訳の仕事をきっかけに、社会変革を目指して戦った女性作家たちに興味を持つようになりました。革命家エマ・ヘルヴェークや小説家ルイーゼ・アストンのような自由主義者たちは、愛の力によって支配の軛を断ち切り、差別や貧困、格差、隷属の因習から逃れ出ようと力強く訴えかけています。まだ女性に男性と同等の権利が認められていなかった時代に、厳しい批判を浴びせられながらも堂々と自分の意見を口にした彼女らの勇敢さには驚かされます。

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しかし、心と心を結びつけ豊かにさせる「愛」や「絆」の連帯は、また別の仕方で人を縛り付け、自由を奪う危険性をも秘めているのではないでしょうか。こうした疑問から出発し、最近は三月革命前後における「女性的な愛」の表象のもたらした功罪を明らかにするための研究に取り組んでいます。

読むこと、考えること

ドイツという遠い国、19世紀という遠い時代の文献文化の分析を通じて私が行いたいのは、「ここではない場所/今ではない時間」のパラレルな可能性を考え尽くすという地道な試みです。すでに示されたテーゼ、重ねられた議論、書かれた言葉は山ほど存在するのに、私たちはそれらにきちんと向き合うことをせず、ずっと同じ過ちを繰り返し続けているように思います。

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「言語化」や「考察」といった出力の技法に注意が向けられがちな昨今ですが、書かれたテクストの内容を読み取って整理し、その背景や位置関係について正確に把握するという能力もまた、今ふたたび見つめ直されるべき時が来ているのではないでしょうか。